結局ゆとりって...②

こんにちは! 

 

夏の訪れ、25度近い温度が続く日々です。 カラッとした雲一つない天気のもと、大学生はエルベ川の河川敷でBBQをするのが週末の楽しみのようです!:)

 

さてさて今日は、前回の続きで、ゆとり世代について少し書いていこうかと思います。

 

いきなりですけど、ゆとり世代って本当にゆとりあったんですかね? 私の場合だと、小学校中学年あたりで、急に土曜日の授業がなくなり、週5日の方針に変わっていきました。その当時は、土曜日に学校に行かなくてよくなると思ってうれしく思っていました笑 そして、授業内容もいくつか変更され、有名なところだと円周率はπ=3なんてこともありましたね。(私の学校ではちゃんと、3.14で教えてくれてましたが)

 

ですが、これだけの変更でゆとりと言えるのだろうかというのが、この留学に来て思うことです。逆に言うと、ヨーロッパの人のゆとりある生活を見ていると僕たちゆとり世代なんて...と思うわけです!  ここで、海外と日本を比べるはお門違いと言われればその通りですが、まったく無視して日本の生き方を貫くのも私はナンセンスだと思ってます。

 

日本人は、まじめで緻密な作業が得意だというのは海外に来て本当に思うことですし、日本が誇りに思うべきことだと思います。あと、食に対する意識というのは世界トップクラスです! ですが、日本人は世の中の変化に対する対応が本当にへたくそだと思います。いまだに鎖国でもしているつもりなのかと思います。ただ、もちろん、そう簡単に変化できないのであろうという理由もなんとなくわかります。

 

結論何が気に食わないかというと、日本人の不器用さと求める日本人像の高さについてということです。 これも、文化と言ってしまえばしょうがないことなのかもしれませんが、日本人は不器用な人種だと思っています。人に直接言うのを嫌い、その場の空気を読むことを大切にする文化は、その場は逃れられますけど、見方を変えるとその問題は解決しないということですよね? ちなみに、ドイツ人だと、気が合わない人とはしゃべらないというのが当たり前のようです。(彼らは議論を好む人種なので、議論できない人間は論外ということですかね?)それを私は不器用だと考えています。

 

あと、日本人は理想の日本人像が存在していますよね? そして、みなそれに向って自分や周りを鼓舞して成長させようとしていますが、そんなに何でもできる人ばっかりではないですよ! もし、みながみなできる人ばかりなら、日本はもっと生産性のある国のはずです! ここに大きなギャップがあって、日本人はそこに苦しんでいるんだと思っています。

 

別に周りの人間であっても、他人は他人なんだから、そんなに気にせんでもええんじゃない?と思う次第です...  

今一番に思うことは、他人どうこうじゃなくて、自分が生きたい生き方を見つけることの重要性と、そこの努力を惜しみなくすることだと思います。 もちろんですけど、ただただ楽な生き方をしろということではないです。 やりたいことをするにはお金が必要です。そのあたりのバランス、やりたいことやらなければならないこと、やる必要のないことの見極めを20代のうちにどれだけできるかだと思っています。

 

またまた、だらだらと書いてしまいました...  うすうす気づいてきてますが、自分の文章力のなさが露呈してますね笑 

今日はこの辺で。 

 

最後まで読んでくださいありがとうございました!!